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雨降りの太陽
雨ってどうして冷たいんだろう。
ざあざあと周りの音が聞こえないくらいの雑音の下、スタンはぼんやりとそんなことを考えた。
彼の性格を表しているかのように尖がっていた金色の髪は、水分を含んでしなりと力無く垂れている。ぼたぼたと髪の毛から生産される雫を眼で追ってみるが、空から限りなく降ってくる大きな雨粒に混じって直ぐにどれを見ていたのか分からなくなる。
空を仰ごうとしたら瞳の中に雨粒が入ってきて驚いた。
だからしょうがなく地面に視線を向けたままなのだが、ふと、そうだ何処か屋根の下に入ればいいんだ、と彼にとってはいい考えが浮かんだ。
普通の人間ならば、雨が降った瞬間に咄嗟に思うことの筈なのに。
それでも、青年の足は一向に動かない。
(雨は気持ち良いなぁ)
シャワーのような感覚が気持ち良いと感じた。服がぐっしょりと濡れて身体に張り付く感じは少し気持ち悪いと思ったが、風呂とは違って流れ出る雫は温かくない。そこがまた新鮮で良いなと思ったのかもしれない。
ざあざあ、ざあざあ
「何をしているんだ、お前は」
雑音に混じって、鋭い声が聞こえてきた。
音が強すぎて、何処からその声が聞こえたのか最初、判断が出来なかった。
聞きなれた少年の声。やがて、雨でぼやけた視界に黒い塊がうっすらと見えてくる。
確証を得ることが出来ず、取り敢えずは腕に付けたグローブで目元を擦ってみた。少しはマシになるのではと思ったのに、ぐしょぐしょに濡れたグローブは更に顔を水浸しにしただけだった。
返答が無い青年に、ボーっとしていると思われたのだろう、先程の声が、もっと鋭くなって彼の耳元に届く。
聞こえているよとでも言いたげに、スタンは小さく苦笑した。
少年には、どうやらそれが見えてなかったようだ。
びしょびしょの髪の毛を、突然強い力で引っ張られた。
「痛いっ」
「何をしているのか、と聞いているんだ。無視するとはいい度胸だな」
無視をしていた訳じゃない、と言っても、少年の此方を睨む瞳は変わらない。
それよりも、何故彼もこんなところに居るのだろう。
スタンと同じ、ぐしょぐしょに濡れた格好のまま。
「別に…これといってしてることは無い、けど」
緩い痛みを頭部に感じながら、小さく呟くようにそれだけを言う。リオンは何をしてるんだ、とは、何となく聞けない雰囲気だった。
彼の、此方を射抜くような瞳が痛い。最初に出会った頃と比べて、少しは彼の心に近づけたのではないかと少し嬉しく思っていたのだが、そう思っていたのは自分だけなのかなぁと寂しくも思う。
呆れたような溜息が少年から漏れる。それから、鬱陶しそうに顔に張り付く髪の毛を指で払った。
ああ、そういえば雨が降っていたんだっけ。今更気付いたようにスタンは空を見上げた。
「リオン、風邪を引くよ。宿に戻ったほうが…」
「煩い」
要らぬ世話を焼いただろうか。少し不機嫌そうな声に、スタンは困惑して眉を下げる。
雨は止むことを知らないのか、後から後から音を立てて地面に落ちる。髪の毛から、再び雫が落ちた。それは地面には落ちず、スタンの髪の毛を掴んだままのリオンの手の甲にぽたりと跳ねた。
リオンは無言のままに、何処か一点を見つめている。彼が見ているものを自分も見たかったが、どうにも余所見をしていい空気ではないなと悟る。
沈黙が心地悪くて、何でもいいから彼と話をしたかった。少しでも、話を。
「……リ、オンは、雨って好き?」
何故だか焦っている頭ではろくに思考も回らず、やっとで搾り出したのはそんなことだった。
あからさまに顔を顰められたが、めげずに再度「好き?」と問いかける。
「嫌いだ」
きっぱりと彼はそう答えた。
「鬱陶しいし冷たいし、視界も悪い、戦闘にも支障が出る。邪魔でしかない。気分が悪くなる」
忌々しそうに吐き捨てる彼は、なにか、雨に恨みでもあるのか。
スタンは雨が好きだ。気持ち良いし、なんだか清々しい気分にしてくれる。
でも、目の前の少年は自分とは全く逆の考えを持っている。会話を続ける事が出来ない。
「……雨なんて、大嫌いだ」最後にリオンはぽつりと呟いた。それは雨の音と被ってよく聞き取れなかった。
聞き返そうと思ったとき、リオンの表情が初めて見えた。
暗く曇った、彼の歳に似つかない程に寂しそうな顔。雨に濡れて、更に淀んで見える彼の表情。
「…オレ、雨は好きだよ」
「………」
「冷たくて気持ちよくて、清々しい気分にさせてくれるから」
スタンはリオンの頭にそっと手を置く。此方を睨んだ少年の瞳を見つめ返しながら、ぐしょぐしょの頭をぐしょぐしょの手で優しく撫でた。
振り払われなかったことに、少しだけ安堵した。
「でもさ、リオンにそんな顔させるのなら、雨なんて嫌いだ」
眼を見開いた少年は、しかし直ぐに顔を俯けてしまう。今彼はどんな表情をしているのだろう。髪の毛を梳くように頭を撫で続けると、「もういい」と小さく呟かれて今度は緩く手を振り払われた。
普段の刺々しい雰囲気はない。何かしおらしく俯く彼の姿が、いつもよりもっと小さく見えた。
「ほら、リオン。宿に帰ろう」
背中をぽんぽんと叩くと、ふんと鼻を鳴らされた。
スタンが先に歩を進めると、付いて来るようにリオンも少しずつ足を動かす。
ざあざあ鳴り止まない雑音の中、リオンが最後にもう一言。
前を歩いているスタンには聞こえなかった。
「…雨の日のお前は、嫌いじゃない」
――――――――
長くなった所為かgdgd感がはんぱねぇ
OPでリオンが雨に濡れてるシーンを見て思った。リオンは雨って言うか水が嫌いそう。
知りたくなかった痛み
苦しいと感じる痛みに、ベッドから飛び起きた。
胸が痛む。何故痛いのかは分からない。
こんなことは初めてだ。生きてきた中でこんなに胸が痛むことなんてなかったのに。
どうにも止まない痛みに、顔を歪めた。
『どうした?』
何処からともなく聞こえた低い声。
すっ、と胸の痛みが引いていく。
手を胸元に当てて、擦ったり、軽く叩いてみたりした。痛みは完全に消えていた。
首を傾げながら不思議に思っていると、今度はその声に名前を呼ばれた。無視されたと思ったのだろうか、少しばかり怒気を含んだ声に小さく謝りながら、何でもないよと笑って返した。
苦しくて辛くて倒れてしまいそうな程痛かった胸の痛みは、彼の声を聞くだけで自然と治まる。
よく効く薬みたいなものだなぁ、と頭の隅で小さく思った。
黒髪の少女が、スタンの部屋に入ってきた。
「アンタ、珍しく一人で起きたのね」と驚いたような顔でそう言った。
彼女は、寝起きが悪いスタンをよく起こしに来てくれる。基本的に起こされるときは殴られたりするが、起こしてくれていることにはとても感謝しているのだ。
それなのに、今日は何故だか来て欲しくなかった。
いや、正確に言うと彼女に来て欲しくなかった訳ではない。彼女が腰にぶら下げている、細身の剣に、だ。
ベッドから身を起こしながらもボーっとしている青年を見て、ルーティは溜息をつきながら、何よ、起きてないじゃない、と呟く。
彼女の腰の細身の剣が、小さく笑った。
同時に、スタンの近くに立て掛けてあった剣も、小さく溜息をついたのだ。
『ルーティったら、何だかんだ言いながらもちゃんとスタン君の面倒見るのよね』
『全く、お前のその寝起きの悪さは何とかならんのか』
自分達にしか聞こえない声が頭に響く。優しそうな女性の声と、真面目そうな男の声。
どちらの声も聞いていて心地が良い。良い筈なのに、とても気持ち悪かった。
二人の会話は楽しそうだ。当然だろう、彼らは生身の人間だった時代からの知り合いで仲間で、恋人だった。
親しいことは当たり前なのだ。分かっているはずなのに、分かっているのに。
ずきずき。ずきずき。
「……ちょっとスタン。アンタ、顔色悪くない?」
虚ろに毛布を見つめていた空色の瞳が、漸くルーティを映す。
心配そうに此方の顔を覗き込んでいる少女は、とても優しい。彼女の剣である女性も、子供に言い聞かせるような声で『大丈夫?』と問いかけてきた。
嬉しかった。
「……ごめん。ちょっと、気分が悪い」
声が出なくて、搾り出すように呟いた一言。これだけで十分だったらしく、彼女達はわかったと言って部屋から出て行った。きっと仲間達に事情を説明しにいったのだろう。
部屋に残ったのはスタンと彼の剣、そして何とも言えない罪悪感。
最低だなぁ、と思った。
心配してくれたルーティに何も言わず、優しく接してくれた彼女の剣――アトワイトに、気持ちの悪い感情を抱いている自分が、嫌になる。
ずきずき。ずきずき。
『スタン』
ふっと痛みが治まる。
ああ、まただ。また彼の声で痛みが止まった。
何でなんだろう。どうして苦しくて辛くて気絶してしまいたくなる位の痛みが、彼の一言で消えてしまうのだろう。
堪えきれずに、目元を掌で覆った。
「ディムロス」
剣の名前を呼んだ。
「俺、自分が気持ち悪いよ」
そう呟くと、ディムロスは言葉に詰まったように無言になった。
――――――――
オチなしでgdgdなディム←スタ。とにかく嫉妬させたかっただけ。
幸せな話が書きたい筈なんだけどなぁ。
どうやら私はスタンを悲しませるか、病ませるかが好きなようだ。
因みに私はアトワイトのことはすっごい好きです。
それにしてもスタン受けが好きなのにどうしてこうもスタン片思いになるのだろう。
曇り空
部屋をノックしても返事が聞こえない。
しかし部屋の鍵は開いている。随分無用心だと思いながら、ノブをガチャリと回した。
部屋は暗かった。当然だ。もう既に、何人かの客は寝静まっている時間。彼も寝ているかもしれない、と思いながらも、きっとまだ起きていると信じて疑わなかった。
それは何故だろうか。きっと、初めて共に旅をしたとき、歳の近い仲間達と部屋で騒いでいたのを見たからだ。あの時の彼は最初見たときよりは成長していたが、精神的にはまだまだ幼く、しかしどんな時でも笑顔を絶やさず、前を向いて只管に進もうとする姿勢が見えていた。
変わらない。それが彼の本質であり、あの頃と今は何も変わっていない。
「……スタン君?」
暗く視界があやふやな部屋で、いつもなら真っ先に見つけられる筈であろう金糸が見えない。試しに名前を呼んでみるが、それでもやはり返事はなかった。
こんな時間に出かけたのだろうか。しかし彼に限ってそんな事をする訳がない。
兎に角灯りを付けようと思い、壁を伝って歩を進める。指に固い感触が当たり、それに触れると白い光が部屋を照らした。
と、同時に、近くにあったベッドが動く。そちらに顔を向けると、驚いたような少年の瞳と目が合った。
金色の髪に、幼げな顔、見間違うことは絶対に有り得ない。
「ウッドロウ、さん、」
すぐに分かった。
この子は今まで泣いていたんだな、と。
真っ赤に腫れた綺麗な空色の瞳と、しゃくりあげる様な声。鎧さえも外さず、ただベッドのシーツに顔を埋めていた。
彼は慌てたように目元を拭うと、いつもの太陽のような笑顔を向けた。
無理をして笑っているつもりはないのだろうが、太陽の笑顔は普段より曇って見えた。
「どうしたんですか。何か、俺に用が…?」
「……やはり、悲しいのだろうな」
「…え、どうしたんですか。悲しいなんて、何が…」
「…リオン君のことだ」
海底洞窟で我々を逃がし、命を落とした少年の名前。
最近の彼は、口を開くと「リオンの敵を討つんだ」と声を張り上げる。気持ちは分からなくはないのだ。彼にとって、その少年がどれほど大切な『仲間』で『友達』だったのか。
そればかりではいけないと気付いたのは良い事だと思う。それでも彼の中には『リオン』という存在が鮮明に刻まれすぎている。普段は皆を引っ張るリーダーとして前線に立って前向きな志向を見せる彼が、海を見ながら時たま泣いているのを知っている。一人になったとき誰にも見せずに泣いているのを、私は知っていた。
あの頼もしくも危なっかしい姿からは想像も付かないほど、小さく見える背中。
こんな彼を見ていたくない。見ていられない、というのが私の思いだった。
「リオンがいなくなったことは…確かに悲しいです。でも、俺は……大丈夫、だから。俺は、」
空から雫が零れてくる。
人前では弱さを見せぬよう、必死で悲しみと苦しみに対抗した少年。
自分の本能のままに、私は彼を抱き寄せてみた。
見た感じは硬そうな金色の髪は、意外にもふわふわととても柔らかい。髪の毛を指で梳きながら、もう片方の手で彼の身体をぎゅうと抱きしめる。
少しくらい、彼が思い切り泣ける場所を作りたくて。
「泣いても良いのだよ」と耳元で呟くと、程なくして私の服をぎゅっと握ってきた。
顔は見えないが、きっと泣いているのだ。肩の震えが此方にまで伝わってくるのだから。
たくさんたくさん泣いて、君が落ち着くまで私は君の拠り所になっていよう。そう決意する。
「リオン……」
最後に彼の口から呟かれたのは、やはりあの少年の名前だった。
――――――――
ウド→スタ→リオみたいな。
ウッドロウはとても良い人だけど、リオン以上の人になれないってのが良い。
スタンは独りになった瞬間に泣き出したりすると可愛いなぁと思った(辛いけど
純粋な天然
(大人ってのは、夜は寝ないで外に繰り出すのが基本だぜ)
金色の短い髪を風に揺らしながら、男は口元に指を当てながら微笑んだ。
お前さんは子供なんだからゆっくり眠っていなよ、と、普段は寝起きが悪い筈の少年に背を向けようとする。
真っ暗な部屋の中で、彼の金糸が異常に目立つ。
「でも、俺はもう19ですよ」
「俺から見れば、立派な子供さ。歳なんて関係ない」
きょとんとしながら、純粋な目で少年はジョニーを見つめる。その真っ直ぐな瞳に少し狼狽しながら、しかし決して表情には出さずに、参ったなぁと頬を掻いた。
シデンやモリュウをふらふらしている自分にとって、これは当たり前のようなこと。といっても、外に繰り出して自慢の歌声を披露したり、自分の歌に共感してくれた人々と飲みに行く程度だ。いつも、は。
たまに、本当にたまに、他人と一夜を共にすることがある。
それは女であったり、男であったり。要はただ、ふと人肌が恋しくなることがあるのだ。そんなときに、ジョニーの歌を聴いて誘ってくる人間が居る。
温もり恋しさに、ジョニーは呼ばれるまま、連れられるがままに一夜を過ごす。
ジョニーはそれが嫌ではなかったし、此方がそれを求めたのだ。文句を言う必要もなく、言える立場でもない。
今日は、そんな人肌恋しくなった夜。
いつもなら何も気にせず宿の部屋から鼻歌交じりに飛び出すというのに、今日は珍しく連れが出来た。一人ではない。それはもう大勢で、しかも半分以上が子供。
普段は考えることもなかったことを考えながら、足音を立てぬ様ゆっくり部屋を出た。つもりだった。
それなのに、その子供達の中で一番寝起きが悪いといわれる太陽のような少年が、今日に限ってジョニーの微かな足音で目が覚めたというのだ。
冗談だろう、と顔を硬直させたジョニーに向かって、少年が一言。
「お一人で何処に行くんですか?良かったら俺も付いていきますよ」
そして冒頭に戻るのだ。
いくら理由や言い訳をつけても、目の前の少年は「でも」と退こうとしない。何故そこまでこの少年が強情になるのか、ジョニーには分からなかった。
「だって、一人じゃ危ないじゃないですか」
「スタン、俺はもう成人男性だ。子供に心配されるようなことは何も無いぜ」
「でも、ジョニーさん綺麗だから」
綺麗な人は変な人に絡まれやすいって、じっちゃんから聞いたことがある。と、至極真面目な表情でスタンは言った。つい吹き出してしまった。
そんな発言をした当の本人は「何で笑うんですか!」と少し膨れ面になる。そこがまた子供らしくて可愛らしい。
綺麗だなんて言われたのは初めてで少しだけ動揺もしたのだが、それよりも目の前の少年への興味の方が強くなっていた自分に再び笑った。
大きな空色の瞳に見つめられたまま、ジョニーは彼に近付く。自分と同じ金色の長い髪の毛を一房掬って、それを口付けた。
え、と小さくスタンが声を上げる。流石の純粋少年でも、これ位すればどういう意味か分かるだろうと思い。
「じゃ、今日はお前さんが俺の相手をしてくれるのかい?」
からかうつもりで在り来たりな台詞と共ににこりと笑った。
「あいて……?」
「そ。夜遊び相手」
「遊ぶんですか?!やったぁ!何して遊びます?」
きらきらと瞳が輝きを持つ。これでは、ただの子供同然ではないか。
力が抜けたと同時に、抑えられずに今度こそ声を上げて笑ってしまう。極力、小さい声で。
スタンは「え?」と目を丸くしながらジョニーを見る。こいつには敵わないな、と呟いて金糸の柔らかい髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
これから何をされるか分からないような状況で、人を疑わず只管に純粋な心を崩さない。
(これじゃあ手が出せねぇなぁ)という呟きは、心の奥に閉まっておく事にした。
――――――――
うん…当初はジョニーがスタンを押し倒すとこまで考えてたんだけど、普通のほのぼのになったな…
個人的にジョニーは受け推奨。でも相手がスタンだから攻めになってもらった
ジョニスタとフェイジョニがいいなぁーと思いながらフェイトの性格がいまいち掴めない
忠誠心
自分が剣であることが、これ程までに悔やまれることは無かった。
がしゃん、僕は床に投げ出された。痛みなんかは感じない。僕は、剣だから。
剣越しから見える、僕にとっては我慢がならないくらいに怒りを覚える光景。
黒いローブに身を纏った人間共の中心に、倒れた我が主の姿。
こんなとき、僕は動きたくても動けないのだ。なんて言ったって、僕はただの剣だから。
それなのに、僕のマスターは投げ出された僕を素早く、しかし大事そうに拾ってくれた。そして目の前の人間共を睨みつける。まだ十代の少年とは思えないくらいの、厳しく冷たい眼。
僕のために怒ってくれている。僕は痛みも感じないし、特別なものだから傷だってそうそう付かない。
それなのに、乱暴に投げ出された僕を、優しく拾ってくれる。
目の前のローブの男が、何か小さく呟いた。
空気が張り詰め、男の指が禍々しく光る。何かを確認する前に、いや、確認する瞬間さえも与えず、黒い光が坊ちゃんの目の前で爆発した。
坊ちゃんは背中から壁に打ち付けられて、小さく呻いて膝を突いた。
『坊ちゃん!!』
僕は叫ぶことしか出来ない。僕は自分の意思では動けない。僕は、使われるだけの道具だから。
それでも、坊ちゃんは僕を腕に抱いてくれたまま。僕を守るように、護るように。
僕は剣なのに。守るべきなのは、マスターである貴方なのに。
ローブの男は坊ちゃんを見つめて嘲笑う。
ああ、殴りたい。殴るだけじゃ済みそうも無い。僕の主を侮辱したこの男を、この手で殺してやりたいのだ。
しかし、やはりそれは叶わない。
悔しい。悔しい。
僕に生身の身体があれば、などともう何百回思っただろう。千年前のような、あんな身体が。
僕みたいな貧弱な身体でも、きっと坊ちゃんを護る盾くらいにはなれたのに。坊ちゃんを馬鹿にする人間を、この手で思い切り殴ってやれるのに。
どうして僕には力が無い。どうして僕には身体が無い。どうして、どうして
ローブの人間が扉を開ける。
向こうに居る人物を見て、坊ちゃんの顔色と表情が変わる。
ああ、彼女まで握られてしまった。坊ちゃんが唯一愛した、たった一人の女性が。
坊ちゃんがローブの男に跪く。その表情は悔しそうに、それでいて憎悪と悲しみに歪められた何ともいえない顔。僕のマスターがこんな顔をして良い筈が無い。これからなのに。これから、坊ちゃんの未来は明るい兆しが見えていたのに。
ローブの男が卑しく笑う。
僕が睨んだところで、誰一人と気付かない。
ローブの人間が部屋を出た。残されたのは僕と坊ちゃんだけ。
シャル、と小さく名前を呼ばれ、僕は返事をする。
「これが……僕の運命なのか」
自嘲気味に笑うマスターを見ていられなかった。
まだ幼く、それなのに気丈に振舞おうと他の人間を避け続けてきた我が主。
『彼』と旅をして、少しずつ変わってきた坊ちゃんの希望が、こんなところで粉々にされる。
ああ、これから起こることが予想できてしまった。
きっとこれが、僕達にとっての最大の悪夢だろう。
だから、僕だけは、ずっと坊ちゃんの傍に居よう。
全ての人間を敵に回そうと、僕は、ずっと。いつでも、どんな時でも。
それが、ただの剣である僕の最大の役目だと思った。
『僕は、ずっとずっと坊ちゃんと共に在りますよ』
僕のマスターは、年相応の、ぎこちなくも可愛らしい微笑みを見せてくれた。
――――――――
あのときのシャルティエは、一体どんな思いでボロボロにされるリオンを見ていたのだろうか