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無意識片思い(イチ←ウリ)
授業を聞いているとき、ふと黒崎のことが気になった。
気になりたかったわけじゃないのに、何故だか今物凄く黒崎のことが気になったのだ。それは何故なのだか僕には分からない。本当に、ふと思っただけだった。
僕の席は黒崎の列より前。つまり僕が彼の姿を見るためにはわざわざ後ろを向かなくてはならない。授業中に余所見をするのは好きではないし、いざ振り返って全く違うクラスメイトと目が合ってしまっては途轍もなく微妙な気分になる。
今、黒崎が何をしているかは僕にはわからない。数学教師が計算式の公式を読み上げる声と黒板に文字を書くカツカツという音。カリカリ、という鉛筆の進む音。今の教室にはそれしか聞こえない。
鉛筆の進む音にはきっと黒崎のものも混ざっているだろう。しかし僕は超能力者ではないから黒崎だけの音を特定するのは酷く困難だ。困難というか、そんなこと出来っこない。
どこからか規則正しい寝息も聞こえてくる。授業中に寝る人間は必ず一人二人は居るだろう。でも、僕はそれが黒崎だとは思わなかった。彼は見た目はあれだが真面目な性格だからだ。
僕は自分のノートに目を移した。いつもならばびっしりと隅から隅まで完璧にノートを取っているはずなのだが、僕は一体いつから鉛筆を止めてしまっていたのだろう。僕が最後に書いていた計算問題は、もうとっくの昔に黒板に書かれて消されたものだった。急いで教科書を開く。それを開く事さえ忘れていた僕はどうかしている。
僕の知らない内にページが一ページ進んでいた。
僕は腹が立ってシャープペンシルを握り締めた。怒りの矛先は黒崎だ。
あいつのことを考えている間に授業が進んでしまった。いつもならこんなことは絶対にない筈なのに。それもこれも僕の頭の中に勝手に進入してきた黒崎の所為なのだ。
僕がこんな理不尽な考え方をしてしまうのも黒崎の所為だ。またしても理不尽だとは分かっている。
「石田?聞いてるか?」
はっとして頭を上げると、数学教師が物珍しそうな顔で僕を見ていた。教師だけじゃない、他のクラスメイト達も、僕を凝視。ぎりぎりと握っていた指の力を抜く。変な汗をかいていた事が恥ずかしかった。
きっと黒崎も僕のことを見ていることだろう。それが一番嫌だった。
「すみません、少し、上の空でした」
「そうか?じゃあもう一回言うが、ここの問6を解いてみろ」
問6、僕は彼の言葉を頭の中で反響させながら教科書をぱらぱらと開く。問4も問5も僕は解いていなかった。僕が考え事をしている間に過ぎて行ったのだ。
取り敢えず目で見ながら計算式を組み立てて、ノートに少し書いていく。公式を当て嵌めれば別に説明を聞いていなくても解けるような問題だった。皆の視線の中、少し硬い動きで椅子から立ち上がる。
僕が黒板までの短いけどすごく長く感じる距離を歩こうとしたとき、教師が更にこう言った。
「ついでに問7、石田を睨んでる黒崎!解いてみろー」
心臓が今までにないくらいに跳ね上がった。反射的に胸を押さえてしまい、そんな自分の行動が酷く恥ずかしい。僕が驚く必要などないのに、どうしてこんなにも意識してしまうんだろう。
クラスメイトの視線とざわめきに混じって、僕はちらりと黒崎を見た。
黒崎は面食らったような表情をしていた。「別に睨んでたわけじゃ」とかなんとか教師に弁解をしていたけど、結局黒崎は席から立った。鮮やかなオレンジ色の髪の毛をがしがしと掻きながら、僕の隣りに立ってチョークでとんとんと黒板を叩く。
先程までの静寂とは違って、教室には少しばかりの喧騒が生まれる。いつもなら人のざわめきは苦手なのだけど、今だけは少しだけ有難いと思った。
「お前、何でぼーっとしてたんだよ」
隣りからチョークの音と共に僕にしか聞こえないような小さな声で黒崎が言葉を発した。近くには僕しかいないから、僕に話しかけているのだというのは明確だった。
「別に、君には関係ないよ」
「霊圧がぶれにぶれまくるほどに不機嫌そうだったのにか?」
「全部君の所為だ」
「はあ?」
突拍子もない責任転嫁に黒崎が呆れたような顔をする。僕は被害者側だ。勝手に頭の中を占領されているのだ。無断で人の領域に踏み込んできた黒崎が悪いのだ。
すると、黒崎は意地の悪そうな顔を浮かべた。
「…ってーと、ずーっと俺のことを考えてたわけだ」
今日の僕はどこかがおかしい。何故だか気にもしたくない黒崎のことがこんなにも気になって、彼の顔を見ようか見まいか悩んでいる間に授業に置いて行かれ、授業の内容は全く頭に入っておらず、それなのに未だに考えるのは黒崎のこと。
まさか今日一日ずっと彼のことを考えていた、ということか。
僕は黒崎の一言で目の前が真っ白になった気がした。同時に顔に熱が集まる。
僕は乱暴に、黒崎の解いていた計算式の途中を黒板消しで消してしまった。殆ど無意識の行動だ。
黒崎が驚いた顔をした。
やりたいことだけやって、僕は自分の席に戻った。顔が熱くてしょうがなかった。
僕が黒崎のことを考えてる?そんなこと有り得るもんか!
――――――――
無意識すぎるイチ←ウリ。雨竜は「自分は黒崎のことが嫌いだ」と思いながらも気付かないうちに片思いしてる。
わたしは雨竜が死神嫌いっていう初期の設定がやっぱり好きです
偽りの恋で5題(BLEACH:イチ←ウリ)
ぽつりとそんな言葉を零した。
その言葉の意味を上手く理解できなかったのだろう黒崎は、間抜け面で僅かに首を傾げた。
僕は小さく溜息をつく。
「君が死神じゃなければ、僕も純粋に君の事を好きになれてたかもしれないのに」
今度は黒崎が溜息をついた。
僕は自分で馬鹿馬鹿しい事を言っているとわかっている。だけど、たまに思うのだ。彼が憎むべき死神でさえなかったら、僕は素直に彼のことを好くことが出来ただろう。
同時に、僕は彼に好かれたかったのか、と思うと、表情が苦くなるのを止められなかった。
そんな僕の歪んだ表情を見て、黒崎が変な顔だなと笑った。腹が立ったけど、少しだけ安堵した。
それから、やっぱり僕は同じことを思った。
「君が、死神じゃなければよかったのに」
思うだけでよかった。
黒崎が死神の力を無くした。
力どころか、霊力までもを失って、彼は普通の人間になった。
それから僕は、「彼が死神じゃなければよかったのに」などという考えを持たなくなった。
彼が死神でなければ、僕は彼に出会うことはなかったのだ。
彼が死神でなければ、僕に気付くこともなかったのだ。
彼が死神でなければ、僕が彼を気に掛けることもなかったのだ。
黒崎が死神じゃなければよかった。いざ死神じゃなくなると、僕はそのことが気になって仕方がないのだ。
死神じゃなければよかった。嘘じゃなかったけど、本当にならなくてもよかったのに。
死神じゃない彼は、「黒崎一護」じゃない気がしてしまって、僕は目の前で眠り続けるオレンジ色の頭を瞬きせずに見つめ続けた。
僕は黒崎が好きだったのだ。死神であった彼も、普通の人間である彼も。
それなのに、今の僕には普通の人間である彼が映らない。
脳裏に焼きついているのは、黒装束に身を包んだ、死神。
「君が、死神じゃなければよかったのに」
「君が死神でも、よかったのに」
「一体僕は、どっちの君が好きだったのだろうね?」
3、別に本当じゃなくても良かったはず
(切実だった願望が絶望に変わるなんて)
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お題配布元→Paper plane
偽りの恋で5題(BLEACH:イチウリ)
気持ちが舞い上がりそうになった直前、いやいや待てよ、と自分の中からふつふつと沸き上がる昂りをなんとか押さえる。
だって、有り得ないではないか。
此方が「お前のことが好き」と言うのは納得できるが、あちらが「僕は君が好き」なんてことは天地がひっくり返っても無いものだと思っていたのだ。
だって、そう思うのも当然ではないか。
彼は俺が嫌いな筈だ。出会った当初から良い印象を持たれてはいなかったし、何より彼は『死神』という一括りされた生き物が嫌いなのだ。
最近はそれをあまり表に出さなくなったが、まだ死神とぎくしゃくしてるのには変わりがない。しかし、一部の死神と仲が良さ気なのもまた事実で、何故だか分からないが俺が一番不遇な扱いを受けている気がする。
俺はあくまで『死神代行』なのに、しょっちゅう彼から睨まれているのは俺なのだ。
そんなあいつが、今この場で俺に「好き」だなんて、絶対にないと断言できる。きっと何かの悪戯だろう、あの堅物な真面目野郎がそんな下らない遊びをする筈がないと分かっていながらも。
俺は今のこの現実を乗り切るので精一杯で、あいつの本心なんて微塵も考えてなかった。
「何言ってんだよ。笑えねーぞ」
「………」
告白を口にするときは酷く無表情だったが、今俺が彼の言葉を否定したまさにその瞬間、顔が歪んだ。こいつのことを何も知らない人間が見たら何処が変わったのかわからないくらいに小さい変化なのだが、何せ俺は毎日見ている。表情変化に敏感になったのも最近だ。
小さく小さく、眉が動く感じがして、あれ、おかしいなとよく分からないが酷い焦燥感に襲われる。
もしかして俺は、答えの選択をミスったのではないか、と。
「そうだね。笑えない冗談だった。忘れて」
冷たい声がした。いつもと同じ声のトーンで、酷く落ち着いた声で、身体と心臓に直接突き刺さるような、声色。
それなのに、俺にはこいつが悲しんでるようにも見えた。
だって、なんでだよ。いつも俺のことを嫌いだって言ってたじゃねぇか。関わるな、とか、近付くな、とか。
なのに、なんで、何でこんなときに。
じゃあ今までの嫌いってなんだったんだよ。
その「好き」は、
「冗談だって言っただろ。僕は君のことが大嫌いだからね」
好きから大嫌いに降格された。
遠ざかっていく後ろ姿、次第に見えなくなっていく。呆然と立ち竦む俺に目もくれずに、俺の想い人は俺を困惑させるだけ困惑させて俺の視界から消えた。
無意識に足が動く。きっと足が、あいつを追いかけろと俺を促してくれてるに違いない。
少しだけ覚束ない足取りで、俺は走った。
きっとあいつは、今すごく泣きたい気分なんだろう。
そう考えたら、俺もすごく泣きたい気分になった。
5、嘘もいずれは誠になる
(嫌いが嘘だったのかよ、好きが嘘だったのかよ、わかんねぇよ)
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お題配布元→Paper plane
甘い、甘すぎ、甘ったるい(ギンイヅ)
僕は隊長に頗る甘い。甘い、らしい。
僕自身としては、甘いつもりは毛頭無いのだ。
しかし、阿散井くんや雛森くんから、そういう事をしょっちゅう言われる。
最近では、檜佐木先輩や乱菊さんからも言われる始末。
僕も次第に自覚が出てきているのだけど、やっぱり簡単には認めたくなかった。
この甘さが駄目なのだろうか。僕の隊長は他人に厳しく。自分には……甘いんじゃないかと僕は思う。
それなのにあの人望。羨ましくだって思う。
僕自身、隊長のことはこれ異常ないほどに尊敬している。一生付いて行きたいとも思っているんだ。
ある日、うっかり隊長と言い合いの喧嘩をしてしまった。語弊、僕が一方的に噛み付いただけだ。
仕事をせずにふらふらと歩き回っている隊長に痺れを切らしたのだ。
遅れている書類は殆ど僕の方に回ってきて、此方の仕事量が半端無く増える。
文句を言うだけ言って、僕は隊長の部屋から逃げるように出た。隊長は僕が小言を言っている間も、顔に貼り付けた笑みを絶やすことはなかった。
なんだよ、僕は本気で怒っているのに!
隊長を見ていると、自分が怒っていることも馬鹿馬鹿しくなってくるから不思議である。
しかし、僕は決意したのだ。今回は隊長が悪い。僕はどんな事があっても絶対に謝ってやるものか、と。
隊長が簡単に謝るような人間だとは思っていない。だが僕は別に隊長と話をしなくても一日難なく過ごして行けるのだ。
それはあちらもまた然りで、彼は僕がいなくても何の支障も無く物事をこなすに違いない。自分をそう納得させながらも、つまり隊長にとって僕は別にいなくても良い存在なわけだなと自分で言って自分で落胆した。
何だかんだ言いつつ、隊長に必要とされたいのもまた事実だからだ。
喧嘩をした翌日、午後を回った頃。
僕は机に向かって書類を書いている。いつもは隊長の後ろをついている自分が、喧嘩をした後から、隊長とは全く話をしていない。僕は本気なのだ。僕は本気で、今回のことは謝らないつもりなのだ。
隊長に対しての態度とは思えないだろうが、僕にだって我慢の限界というものがある。一回くらいなら許されるだろう。そうだ。そう考えろ。
それなのに隊長はやはりふらふら。結局は僕の仕事が増えていき、重苦しい溜息を付いた。
部屋の戸がするりと開く音がした。入ってきた霊圧は隊長のもの。漸く帰ってきたか。
「イヅルぅ」
久々に聞いた声は、僕の名前を紡ぐ。
しかし、僕は反応してあげない。何故なら僕はまだ怒っているからだ。
「いーづーるー」
これを猫撫で声というのだろうか。僕を呼ぶ隊長の声は、妙に甘ったるい。
けれど、僕は流されないぞ。きっと暇になったから僕で遊ぼうとでも考えたのだろうが、相手にしてあげないと決めたのだ。
後ろから近付いてくる霊圧が、若干だか小さく揺らめいた感覚がした。あれ、少し不機嫌になったかな。やはり流石に完全無視というのは拙かったか。
そんなことを考えつつも引き下がれず、少しばかり緊張しながら僕は筆を進めた。
と、急に首に何かが絡んできた。
隊長の腕だと気付くのに時間は要らなかった。
僕は驚いて、筆の歩みを止めてしまう。
「イヅルー…」
「……なんですか、隊長」
僕の肩口に顔を埋めながら発した声はくぐもっていた。
何だか少し切なそうな、寂しそうな。そんな声に聞こえた。だから僕もつい声を掛けてしまう。
いやいや、隊長に限ってそんなことがあるわけない。僕がいなくったって余裕で生き延びるような人なんだ。
それでも、こうやって自分の名前を呼んでくれる彼に、嬉しさが少しずつ込み上げてくる。
隣を見ると、銀色の髪の毛が頬を擽った。
「……ごめんな」
耳元でぽつりと呟かれた、僕が一番聞きたかった言葉。
僕はあんなに怒っていたのに。彼の一言だけで、僕の中にあった『意地』という壁が粉々に砕けた。
次の瞬間、僕は隊長に向き直り、絶対に口にしないと誓った謝罪の言葉を半分土下座に近い体勢のまま何度も叫んでいた。
脆いなぁ、僕の意地。
顔を上げた後の隊長は、先程のしおらしい態度が嘘のようにいつもの笑みを顔に浮かべて、僕を再びぎゅうと抱きしめてくれた。本当に、嘘だったように。
そして、
「イヅルのそんな優しいトコ、ボク大好き」
確信。
僕は隊長に頗る甘い。それはもう、どんな甘味にも勝るくらいに。
冗談めいたその言葉だけで、僕は舞い上がるほどに嬉しかった。
僕のこの甘さは隊長限定なんだ、そういったらもっと喜ぶだろうか。
とも思ったが、それは流石に甘やかしすぎかもしれないな、と思い止まった。
既にどろどろになるくらいに甘やかしていることに気付いていたが、僕は知らない振りをした。
――――――――
うちのイヅルって歪んでるなぁ
イヅルは文句もあるし不満もある。ただそれを表に出さないで溜めてる。言えないのは、ギンへの忠誠心や尊敬の感情のほうが勝っているから、っていう感じのギンイヅ萌え
(京楽と浮竹)
けほけほという小さい咽たような咳に、見つめていた本から視線を上げる。
立っている自分から表情は見えないが、咳をしている姿から想像できる。
これはかなり苦しそうだなぁ、と。
「だいじょぶ?少し休んでれば?」
左手に本を持たせて、空いた右手で彼の背中を優しく擦る。
当の彼はやんわりと微笑みながら大丈夫だと言っている割に、咳は止まることなく彼の口からけほけほと吐き出されていく。
終いにはけほけほ、からげほげほ、に変わって、激しく咽る。
慌てた京楽が背中をとんとんと叩きながら声をかけると、やはり浮竹はにこりと笑って「大丈夫だ」というだけだった。青白い顔をして隠しているつもりなのかと半ば呆れの溜息を零す。
持病の事もあるのだろうが、何しろここは酷く埃っぽい。浮竹にとっては体に毒なのだろう。目ぼしい資料だけ隊舎に持って帰ればいいものを、なのに彼はここから動く気はないようだった。
しかし、目ぼしい資料といってもそれだけでも膨大な量がある。こっそり持ち帰るには少し難しい量で、隊首会を仮病で休んでまでここにいるのだ。見つかったら何を言われるかわからない。だからこそこの埃だらけの図書室で資料を漁っているのだが。
「あのさ、真面目に言うけど、お前本当に大丈夫なわけ?今にも死にそうな顔してるよ」
「失礼だな。俺は全然平気だよ」
なおも疑り深い目で浮竹を見つめる京楽だったが、再び溜息をつくと彼の背中から手を離し、立ち上がる。それから先程の本を見つけた棚の位置に戻る。
もう何冊見たかわからない。そろそろなんでこんな量の本を探して読んでるんだっけ、と当初の目的も少々曖昧になってきた頃である。
分厚い本を一冊二冊、棚から抜いてページを開く。字以外のものは書かれていない。これは何かの哲学書か何かかと思いながら本棚に手を掛ける。
「っがはっ!」
びくりと肩を震わせた後に、素早く後ろを振り向く。白髪の男が開いた本の上に蹲っている。持っていたよくわからない哲学書を地面にぞんざいに落とし、蹲る姿に駆け寄った。
「ちょっと何、どしたの」
「げほっ、埃、吸い、こっ、げほっげほっ」
彼にしては珍しく、涙目になりながら途切れ途切れに訴える。口元を押さえながら苦しそうに咽る浮竹を支えながら、京楽も珍しく困惑した表情で辺りを見回す。
普段は周りに人がいたから四番隊に報告できたが、今は誰もいない。自分では何もできない。こんな状態の浮竹をここに一人で置くこともできない。
「えっ、ちょっと、えぇ~…」
対応に困る。先程よりは収まったが、相変わらず頻りに咳をし続ける背中を撫でながら、どうしようと考える。これは一旦隊舎に戻したほうが良いだろうか。
そうだ、そうしよう。何も今日中に調べ上げれば良いなんて誰も言ってない。このままではこの病弱な男は本当に危なくなってしまう。
肩に掛けていた羽織りを浮竹に被せて、そのままひょいと抱え上げる。
「…うわ、軽い。お前これ、生きてるの不思議じゃない?」
「え、京楽、俺はだいじょう、けほっ」
「いいからいいから。今日はもうお開きにしようよ」
降ろしてくれ、という弱々しい抗議を無視して、両手で彼を抱えたまま図書室を出る。
埃っぽい空気は吹かれた風に消され、漸く京楽も一息つく。外の空気のおかげか、先程までの激しい咳は息を潜め、少しばかりは落ち着いたようだ。それでも顔色の悪さは変わらず、しかし表情は笑っていた。
そんな浮竹を見て、京楽は小さく顔を顰めた。
「うん、さっきよりは気分が良くなったかな」
「…そう、そりゃ良かった」
急に視界がゆっくりと動き始めた。この男が歩を進め始めたのだ。そういえば、まだ抱えられたままだったな、とふと思い出す。
真っ直ぐ前を見ながら歩く自分を抱えている男を見ながら、浮竹は小さく首を傾げた。
何か怒っているのか?
どうにも不機嫌に見える。基本的に彼は滅多に怒る事などない温厚な人間だ。その分、表情と態度に感情が現れ出るために、分かり易い。
今の彼のこの態度、どうにもおかしい。いつもの彼ならば「それなら良かった」と笑って、大人しく降ろしてくれるのに。殆ど無言で歩き続けるなんて。
「……お前ね」
浮竹に視線を合わせないまま、京楽が口を開く。
「あんまり強がってるとほんとに死んじゃうよ」
「俺は…別に強がっているつもりは」
「大丈夫じゃないくせにさ」
そこまで言うと、口を閉じる。
少し癇に障る言い方だったが、それ所謂彼が本気で自分の心配をしてくれていたということ。
別に強がっている訳ではなかった。ただ、激しい咳など自分には良くあることなのだ。いちいち気にするほどのことでもないだろうと言う耐性がついてしまい、無意識のうちにそう答えるようになっていただけだ。
「……ありがとう」
怒るほど心配してくれていた親友に笑いかける。
当の彼は「……どういたしまして」と小さく呟いた。
――――――――
京浮って可愛いよね
可愛いおっさんって正義だよね