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2026年06月13日
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綺麗で醜い(PH:ジャックとヴィンセント)

2011年08月03日

ふ、と目を覚ましたら、見たこともない景色が広がっていた。
何だろう、ここは。
足元を見ると、気を抜いたら引き込まれてしまいそうな真っ黒な闇が広がっていた。でも落ちる様子はないから、どうやら僕は浮いているらしい。浮遊感はない。かと言って地面に足を付いている感覚もなくて、首を傾げた。
一歩足を踏み出す。落ちるかもという恐怖心は最早ない。大体今立っていられるのだから、今更落ちるわけがないだろう。
予想通り、僕の足は闇に沈まず何事もないように歩く。
歩くたびに水面の上を歩いたかのように小さい波が出来る。
上を見上げると、水面下の闇とは比べ物にならないほど僕の頭上は煌びやかだった。
煌びやかといっても、実際のところは地味なのかもしれない。少し色褪せた薔薇が辺りを飾っていて、風に揺られて花びらが散る光景はどこか懐かしさを感じた。飾られているのは兎や猫や、少女の形をしたぬいぐるみ。ふわふわのワンピース、とか。
僕の見てるものとは思えないくらい、綺麗で輝いた世界。
いつの間にか目の前には真っ白で控えめな丸いテーブル。椅子は三つ。その上にはこれまた真っ白なショートケーキと甘い香りの紅茶があった。
何か何処かのお茶会のようで、でもそれにしては少しちっぽけ。
でも僕にとって、とても居心地のいい場所だった。
同時に、ここは僕の存在するべき場所じゃないと悟った。
そしてもう一つ。

「そっか、夢か」

どうやら僕は夢の世界に遊びに来ているらしい。正直こんな非科学的なことなんて大嫌いでこんなにメルヘンな思考を僕は持ち合わせていない。
でも僕はこの空間が好きだった。懐かしくてしょうがなかったから。
過去のことなんて思い出したくないほどに嫌だったけど、僕の中でただ一粒だけ輝いてた記憶の中の風景に、今のこの空間が酷似していた。
ふう、と僕は溜息をついた。
そして、目の前にある白いテーブルに向かって歩を進める。
あー、いい匂い。これは僕が好きな紅茶の匂いだ。まだ幸せだったあのときに、僕は椅子に座って二人を待って、ギルがお茶を淹れてくれて、僕の隣りには彼が笑いながら座っていた。
ギルが淹れてくれた紅茶が好きだったし、三人で飲む紅茶はもっと好きだった。
テーブルは僕が近付いても逃げない。ゆっくりゆっくり歩いて、辿り着いたそれを見下ろした。
僕は一つ白いカップを手に取って、中の茶色い液体を見た。毒でも入っていたら、そう思うと何故か笑えて、僕は躊躇いなく口に運ぶ。


「いけないよ、ヴィンセント!」


そんな声が聞こえたのと、ぷに、と頬を突かれたのはほぼ同時で、僕の心臓はガラにもなくどきりとした。
僕の驚きの理由は何だ。やっぱり毒が入っていたのか、とかそんなことはどうでもよかった。この空間は僕の夢の筈なのにどうして他の人間がいるのか、とか。
いや、それも違う。きっと聞こえてきた声が酷く懐かしい声だったからだろうか。
振り向く暇も与えられず、僕のカップを掴んでいた指に他の指が重ねられる。ゆっくりとカップを奪われた。
でも僕は振り向かないで、再びテーブルに置かれるカップをただ見つめていた。

「…なに、やっぱり毒でも入ってたの?」
「毒…?何のことだい?それよりヴィンス、立ちながらなんて行儀が悪いだろう!ちゃんと座りなさい!」

僕は唖然とする。まるで子供に言い聞かせるかのように僕を叱りながら、漸くその人間は僕の真正面の席に座った。
金色の髪と翡翠の目。その容姿は僕があんまり好きではないオズ=ベザリウスによく似ていた。まあ、本当はあっちがこっちに似た容姿なんだろうけど。
その子供と違うのは、長く伸ばされた三つ編みと身長くらいだろうか。
あとは、あの子供からは感じない、綺麗で美しいまでの。
優しい瞳が此方を凝視している。どうやら座れと促されているようで、何だかもやもやしながら僕は目の前の椅子に腰をかけた。目の前の男は嬉しそうに笑う。

「久しぶりだねヴィンセント。随分綺麗になってしまって…私は嬉しいよ」
「…アンタはジャックだろうけど、一体いつのジャックなの?」

へらへらと零れそうな笑みを絶やさない男に、僕はそう問いかけた。すると、彼はまた小さく笑う。

「さあ、いつだろうね。でもそんな事は私にとってどうでもいいことだ。君だってそうだろう?」

正直僕だってこのジャックが一体いつのジャックなのかだなんてどうでもいい。
でもこんなに急な展開じゃあ、嬉しいを通り越して不気味になってくる。ここは夢。しかも僕の夢。今まで僕の夢に、こんな綺麗な空間なんて存在しなかったのだ。
ここにギルが居たら、と思わずにいられないのは、多分ジャックと一緒に居るからだ。

「そうだね。ギルが居たら、彼に紅茶を入れてもらえたのに」
「……人の心勝手に読まないでよ」
「はは、ヴィンセントもとうとう反抗期か」

昔は思っていることが同じだと喜び合っていたのに、とジャックは少し眉を下げた。それでもやっぱり嬉しそうに笑っているように見えたのは、僕の目にフィルターか何かが掛かっているからか。
掛けてるつもりはない。
僕とジャックの間には距離があった。それは手を伸ばせば届く距離で、でも僕は勿論ジャックも手を伸ばさない。僕はこんなにも待ち焦がれていた人物が目の前に居るのに、手を伸ばすことは絶対にしたくなかった。
ふと、ジャックが手を伸ばす。触れはせず、僕の目の前に翳しているだけだった。
重ねることはしない。

「それで良いんだよヴィンセント。もう君は僕が居なくても生きて行けるんだから」
「……アンタは、なんで僕の夢に来たの」
「さあ、どうしてだろう。君に会いたかったからかな」

綺麗にジャックは笑った。
ジャックは綺麗だった。今も昔も、僕の目に焼きついた姿のまま、ずっと変わらない。
駄目だ。僕は、駄目だ。

「僕は、アンタとは会いたくなかったよ」

白い椅子から立ち上がって、僕は彼に背を向けた。
本当は、僕は彼の目の前にいてはいけない。こんなに綺麗で美しい彼の目の前に、こんなに汚れて醜い僕が居ることは許されないことのように思えた。
彼は僕のことを綺麗だと言った。そんな訳がないだろうに。
僕は静かに嘲笑う。

「君は醜くなんてないよ」

ジャックの声が良く耳に通る。その優しい声が好きで、気遣いの塊のような性格も好きで、ジャック自身が大好きだった。
そう思った時、急に僕の視界がぐらつく。足元を見ると、さっきまで浮いていた僕の足が下の闇に沈んでいた。
ああ、そろそろ僕は目覚め時か。
ジャックが慌てたように立ち上がった。背景は煌びやかな世界。本当に良く似合うと思った。
僕の下は黒い闇。僕はこっちの方が落ち着く。ジャックと同じ世界は、僕にはもう似合わない。

「最後に一つだけ、覚えておいてくれ!」

徐々に霞んでいく世界で、尚も目立つ金色が叫んだ。
僕は目覚めの前のぼやけた頭だったから途切れ途切れで良く聞こえなかったけど、最後に聞こえた一文だけで、漸く僕は笑えた。


そうして僕は、僕と同じくらい醜い現実の中に目覚める。










がんがんと頭が痛む。頭痛の理由は分からなかったけど、取りあえず先程まで見ていた夢の所為だろうとなんとなく思った。
大きく欠伸をして、目の端に映った兎のぬいぐるみを徐に引っ張る。近くに常備してある鋏を手に掛けて、そのぬいぐるみを思い切り引き裂こうと思った。
それなのに、いまいちそんな気分でもなく、はーと溜息をついて鋏を投げ捨てた。
今は少しだけ気分が良い。だから今日は特別壊さないでおいてあげる。なんて、僕らしからぬ思考だ。
兎の耳を撫でながら、僕は彼が最後に言った言葉だけを頭の中で木霊した。


(私は君のことをいつまでも愛しているよ)

「僕だって愛してたよ。ジャック」



――――――――

珍しく長い。そしてぐだった
ジャクヴィンが大好きなんだがマイナーすぎてあれだ…
ジャックさんに今のヴィンスに「綺麗になったじゃないか!」って言わせたかっただけでござる
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