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青春の一ページとでも言おうか
殴られた頬がじりじりと痛む。
しかしそれは決して不快なものではなく、どちらかというとその痛みを感じることは嬉しさに近かった。
この痛みは、分かり合えた証。
汚れた顔を洗おうにも、水に触れただけで傷口が緩く悲鳴を上げるかのようにずきりとする。指で擦りたかったが、それこそ自殺行為なので何とか思い留まった。
痛む頬を何とか押さえながら少しずつ顔を洗い、こびりついた土の跡や血の痕をそれなりに落とし終えて洗面所を出る。戻ると、ベッドに座りながらアニーに手当てを受けているヴェイグの姿を瞳に映す。
彼は自分と同じような場所に同じような傷を作っていた。当然だ、あれは自分がやったもので、此方の傷もあの青年がつけたもの。
今は自分が彼につけた痣は真っ白い湿布によって見えなくなっているものの、彼の整っているであろう顔は、その湿布やら青痣やらで痛々しい印象を受ける。ヴェイグの腕を取って包帯を巻いていたアニーは、此方の姿を確認してにこりと微笑んだ。
「あっ、ティトレイさん。汚れは取れましたか?」
顔を洗って来い、といったのは彼女である。なんでも、汚れたままでは菌がこびりついている可能性があるとか何とか。その辺は詳しく説明してもらっても、ティトレイにはよく分からない。
「ヴェイグさんもこれで終わりなので、次はティトレイさんの番ですよ」と、包帯を結びながらアニーが言った。綺麗に手の甲に巻かれたそれをしっかりと確認しながら、これで大丈夫ですと彼女はヴェイグの腕を離した。
まるで眠っていたのかの如く動かなかった彼は、漸くゆっくりと腕を上げた。細められた瞳で、甲の包帯をじっと見つめる。
「わたし、包帯の換えを貰ってくるので少し待っててくださいね」
そう言うと、アニーはぱたぱたと小走りに部屋を出て行った。
残ったのは、ティトレイとヴェイグの二人だけ。
ティトレイは青年を見つめるが、当の彼は此方を見てくれない。俯くように顔を伏せ、今どの様な表情をしているのかが全く分からなかった。
その彼の態度に、流石に少し困惑してしまう。もしかして、怒っているのだろうか。散々殴ったのだ(こちらも負けずに散々殴られたが)、当然だといわれればそれまでだが、胸に抱えてきた苦しい思いを全て吐き出してくれたのだ。だから彼と自分は分かり合えたとティトレイは思っていたのだが、もしかしてこの青年はそうではないのだろうか。
かける言葉に詰まって、頭をガシガシと掻く。指の関節辺りに小さな痛みが生まれ、溜息をつきたくなった。
「謝んねぇぞ」
怒っていると思ったから、一応確認のつもりで呟いた。
ヴェイグがゆっくりと此方を見た。殴り合いをする前の空ろな眼ではなく、何かを決意したように光を灯す綺麗な目。その瞳の変わりように少しばかり驚きながら、ああやはり彼とは考えてることがきっと同じだ、と心の中で小さく歓喜した。
「謝らなくていい」
対する青年も、何とか聞き取れる程度の小さい声で呟いた。
何に対して謝るのか。それを既に理解している。いや、違うな、と彼はこうも呟いた。
「謝って欲しくない」
お前はオレのことを思って、オレを心配して、そして全力で殴ってくれたから。
謝られてしまったらお前のその全力は嘘になるし、オレの決意も無意味に終わる。
オレは嬉しかった。オレに、本気で向かってきてくれるお前が。
だから、謝って欲しくない。今日という日を無駄にしたくない。
誰に向かってでもなく独り言のように、青年はぽつぽつと自身の心情を語る。
口を動かす度に揺れる色素の薄い銀髪が、その時妙に綺麗に見えた。
不安と絶望とを取り払った彼の姿は、見違えるほどに輝いている気がした。
「オレだって、謝る気はない」
それは殴ったことに関してか、それとも心配をかけた事に対してか。どっちでも良いな、とティトレイは小さく頭を振る。どちらでも良いのだ、そんな些細なこと。
答えなんて既に持っている。今更考えるなど時間の無駄だ。
「当然だぜ。お前が謝ってきたら、またぶん殴ってやってるさ」
正面から彼の顔を見据え、そのまま緩く抱きしめるように背中をぽんぽんと叩いてやった。
彼は一瞬、びくりと顔を強張らせたが、すぐに目の前にある肩に額を乗せる。柔らかい銀の髪の毛がまだ傷ついている頬にふわりと触れ、驚いた反面、くすぐったくて気持ち良かった。
どうにも彼はスキンシップが全くといって良いほど得意ではないようなのだが、人の肩に頭を預けるなんて、昔の堅物青年では出来なかっただろう。随分進歩したものだと思う。
どんな小さなことにでも、自分と彼が昔以上に分かり合えているのだという事実がじんわりと身に染みる。
勇気を出して、全て話してくれたから。
「サンキュ」
「ありがとう」
同時に紡いだ言葉は、やはり同じ意味を持っていた。
彼は一体、どの出来事に対して礼を述べたのか。
(どうでもいいや、そんなこと)
その時に見た彼の顔は、酷く優しくて柔らかいものだったから。
ティトレイは今度こそ、遠慮無しにヴェイグの頭を強く抱きしめた。
髪の毛のにおいと湿布のにおいが混ざったような不思議な匂いがして、ティトレイは嬉しそうに笑った。
(その湿布のにおいまでもが、おれとお前が分かり合えた証)
――――――――
殴り合いをしたあと、スールズに行く前に宿屋で手当てをしてる感じのところ(時間軸
なんか全体的に微妙なティトヴェイ。青春臭い文が書きたかった(撃沈した