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2026年06月13日
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過程(べるぜ:おがふる)

2013年01月13日


なあ、古市は。古市はどこだ。
胸ぐらを掴んだままがくがくと揺らしたソイツは、泡を吹いて気を失ってしまった。
悲鳴が周囲から上がる。きんきん煩い女の声とか、耳が痛いけど塞いだらいよいよ古市の居場所がわからなくなると思って、我慢した。

「なあ、古市ドコ?」

地べたにぺしゃんこになったヤツに聞いても答えてくれなさそうだったから、近くに座り込んでいる頭の悪そうな女に聞いた。
知らない、知らない。女はそう喚いて、人殺しだ悪魔だのと俺に向かって酷い暴言を吐いた。
自分にそういうのがあるかどうかはちょっと分からんが、この女は品がないと思った。下品なのが嫌いとか言うわけではないが、今のオレはすこぶる機嫌が悪くて、少しでも頭にきたら全部ぶっ壊してしまいそうだった。
大体殺してねーのに人殺し扱いされるのはすごく不愉快で、一歩その女に近付いたら泣かれてしまう。
すぐ泣く女は嫌いだ。

「古市、返してくれたら帰るから」

女は上の階に仲間がいると言った。知ってんじゃねーかよと思ってまた苛々したけど、オレだって人間だしあんまり泣かれて水分不足でしわしわになるのは可哀想だなあと思ったから、オレはその女を放置した。

廃墟ビルは10階建てで、割りとこぢんまりとしていた。ちょっと頑張ればだるまおとしの要領でぱかぱか落とせるかと思ったが、中に古市がいることを考えると出来なかった。古市はちょっとくらいでは死なないと思っているが、打ち所が悪ければということもある。特に頭を打ったりでもすれば、アホの古市はもっとアホな古市になってしまう。
ビルの中を名前を呼びながら歩き回ると、一つの部屋の中でズタボロになった古市を発見した。
髪の毛はぼっさぼさだし、頬が腫れて真っ赤だし、唇は切れてるし、顔は血でぐちゃぐちゃだった。
一瞬不安が胸を過る。もしかして死んでるんじゃないか。もしかして、とガラにもなく少し焦った。

「古市、なあ古市」

肩を揺らす。学ランは半分だけ脱げた状態で、ワイシャツも切られたみたいにボロくなってた。
けほ、と古市の口から息が漏れた。うっすらと目を開ける古市は、焦点の合ってない瞳でオレを見た。
唇が、おが、と形作る。
取り敢えず生きていたことに安心した。
それと同時に、何か、よくわからない気持ちが沸き上がってくる。きっとこの感情は、憎悪とか、憤怒とか、そういうのに似てるんだろうけど、いまいちよくわからなかった。ムカつく気持ちとかイラつく気持ちとか、全部が全部混ざりあって、とにかくオレは、とにかく。
怒りで気が狂いそうだったのだ。

「どれにやられた」

オレは喧嘩をしに来た訳じゃなく、古市を取り返しに来たのだ。何の目的があって古市を連れていったのかは知らないが、しかし、親友がここまでされて見過ごせるだろうか。見過ごせるわけがない。
というか、逃がさない。
いつの間にかオレ達は気持ち悪く笑う男達に囲まれていた。どうやらオレを待っていたらしいのだが、その中にさっきの女がいた。
せっかく逃がしてやろうと思ったのに。

「古市、どれにやられた」

再度聞いたが、古市は首を緩く振るので今は精一杯のようだった。
別にどれでもいいとオレは思っていた。古市をボコったヤツも、それを笑いながら見てたヤツも、人が来ねーようにビルの前に突っ立ってたヤツらも、全員同じ痛みを味わわせてやるつもりだからだった。

「テメーのカッターで、アイツに傷付けたのか」
「テメーのその拳で、アイツの顔が歪んだのか」
「オラ、言ってみろよ。オメーはナニで傷付けた?」

自分でも驚くくらい嫌な音が室内に響く。
叫び声と悲鳴と、痛みに泣き喚くヤツだっている。惨めだと思う。大勢でかかれば勝てるという、オレ以上に低能で単純な考え方だ(なんて言ったがオレは決して低能でも単純でもない。決して!)。
しかし殺してはいけない。何故ならオレは人殺しにはなりたくないし、古市を人殺しの親友にするのも嫌だったからだ。
いつの間にか立てるヤツはオレ以外いなくなってて、壁にめり込んだり床にめり込んだり、変な形をして適当に転がってるヤツもいる。
あの女が、また座り込んでガタガタ震えていた。

「お、が、おが」

小さすぎて聞き間違いかと思ったら、古市が腕を伸ばしているのを見て間違いじゃないことに気付く。
腕を掴んで起こそうとしたら、痛いと眉を歪めた。手首にはロープの痕が残ってて、ああコイツらは無抵抗の古市を散々痛めつけたのかと思う。
助けて、と小さく呟く女の声。頭が熱くなる。血が昇る感覚がして、沸騰しそうだった。

「オメーらは、聞いたのか」
「古市がやめろって言うの、聞いてやめてやったのか」
「だから、オレもお前らの言葉なんて聞かねーよ」

古市はすぐに弱音を吐くようなよわっちい人間じゃなかった。だからそんなこと言ってねーだろうとは思いながらも、こいつらの都合の良さに吐き気がした。
女を一発殴ってやろうと思った。それなのに、古市は小さい声でオレを止めたのだ。

「おが、やめなって、女の子には、やさしくしなきゃ」

多分この女に誘惑されて古市はホイホイ付いていったのだろう。この女好きが。オレがどんな思いだったか知らないだろう、このアホめ。
オレはできる限り力を入れず、一番威力が弱いであろうビンタで女を殴った。
気絶されてしまい、首を傾げる。後ろで古市が深く息をついて、苦笑した。


古市をおぶって廃ビルから出る。すっかり日も暮れて、空が赤く染まっている。カラスの鳴き声がうるさかった。
人通りの少ない道を選んで歩く。人に見られたら嫌だと古市が言ったからだ。流石にオレもそう思ったから、あんまり人のいない河原に沿ってうちを目指した。
古市をこのまま帰らせてしまうと、きっと家で大騒ぎになる。姉貴とオレで慣れてるうちで手当てして帰るのが妥当だと思った。

「…いってえ」
「バカめ古市、バカめ。女に釣られてホイホイ付いていくからだ」
「はは……まあ、オレもお前を釣るための餌だったみてーだけど」

お前に関わるようになってから、こういうのが増えてきてんだよ、と古市は愚痴る。それを聞いて、オレはまたオレにあるまじき不安を持った。
元はと言えば、古市はオレのせいで連行されてしまったのだ。オレとつるむようになってから古市は絆創膏の数が増えた。顔とか腕とか、オレにとっては当たり前だったけど、古市にとっては。
どうしよう、また離れていく。

「…………古、」
「なあ男鹿、フジノの近所にさ、ケーキ屋できたん、知ってた?」
「………あ?」

背中から伝わる古市は明るい様子だった。

「食べに行こ」

オレの肩に額を寄せて、古市は笑っていた。
こんなことがあっても、古市はオレに文句は言えどそれ以上は何も言わない。普通なら離れるだろう?怖いと思うだろう?もう嫌だと思うだろう?
オレの浮かない顔に気付いた古市が、何を言ってるんだとばかりに眉を寄せる。

「親友なんだから当たり前だろ」
「それにオレは、痛くて泣きそうだったけど怖くはなかったよ」
「お前は来てくれるって信じてたから」

笑う度に震える髪の毛先が、首に当たってくすぐったい。オレに関わって笑ったヤツなんて今まで一人もいなかった。
申し訳ない気持ちだとか、嬉しい気持ちだとか、なんだか溢れて爆発しそうなくらい心臓にたまって、次には体にすぅと染み込んでいく。こんな感覚をオレは知らなかった。
喧嘩帰りだというのに、いつもオレを取り巻いていた憂鬱な空気が今日は感じられない。
オレを親友だと、言ってくれた古市のお陰だと思った。

「信じてろ、また助けるから」

またボコられんのは嫌だなあと古市が言う。
でも笑って、うんと呟く背中の人間を少しだけ愛しいと思った。その感情も初めてだった。

古市と言う存在が、オレを形成していく。


20130112


――――――――

中学一年?くらいでまだ男鹿さんが古市に対して少しばかりの後ろめたさを持ってる設定
男鹿さんが人間になれたのは古市のおかげ、みたいな
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