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2026年06月13日
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いやよいやよも(T&B:虎←兎)

2011年06月19日
嫌い嫌いだと思っていたが、ここまで嫌いだとこれは「嫌い」の感情を通り越しているのではないかと思った。
だとすればこの感情は一体何なのか、僕の頭でも定義することがかなり難しい。


「『いやよいやよもすきのうち』っていうじゃねーか」


僕は『いや』ではなく『きらい』だ。しかしいやときらいの違いとはなんだろうか。自分で言ったことなのに解消されがたい疑問が生まれてしまい、僕はよく分からなくなる。
しかしそんなことは今は問題ではなく、僕がおじさんのことを嫌いだ嫌いだと思っているそれ即ちおじさんのことが好き、そう遠回しに言っているようなものなのだろうか。
何が「いやよいやよもすきのうち」だ。嫌だったら好きなわけがないじゃないか。日本語というのはとても曖昧でとても矛盾している。
全く面倒くさいことこの上ない。そんなのよりだったら英語の方が率直でとても正直だ。
でも僕はそんな曖昧で矛盾していて、言い回しが面倒くさくて慎ましやかな日本語が嫌いではない。


「僕は貴方の事が好きではありません」
「俺はお前のこと嫌いじゃないんだけどなぁ」


どちらにせよ、とても曖昧な響き。
僕は嫌いという意味を込めて敢えてこの言葉を選んだ。直接的に、目を見ながら「嫌い」というのには何だか抵抗があったからだ。
日本語とは便利だ。本心を全て隠してくれる。
そう考えている時点で、僕はおじさんのことが嫌いではないのだ。
おじさんはどんな意味を込めて僕に「嫌いじゃない」と言うのだろう。
嫌いじゃないということは嫌われているわけではない。しかしそれで好かれていると判断するのはあまりにも自惚れているのではないか。
おじさんは、おじさんを蔑ろにしようとする僕のことが嫌いではないし、同時に好きでもない。
僕が好かれないようにしたのだ。おじさんは優しい人だから、誰にでも手を差し伸べるしお節介を焼く。僕はそれが嫌で嫌で堪らなくて、彼を蔑ろにするのだ。
そうだ、僕が一人になりたかった。

それなのに、僕はおじさんに嫌われていないことが嬉しく、好かれていないことが悲しかったのだ。
僕の性格も相当矛盾していて、態度とは裏腹に僕の表情は酷く歪んでいった。
苦笑したおじさんが僕を抱きしめてくれる。
おじさんは優しいのだ。誰にでも、どんな人にも、勿論僕じゃない人にも。

「バニーちゃんは素直じゃないな~」
「…貴方なんて嫌いです」
「『いやよいやよも』?」
「嫌いです」

おじさんが優しく僕の頭を撫でてくれる。
僕は、おじさんの優しさが嫌いだった。
日本語は嫌いではないが、曖昧で矛盾しているところは嫌いだった。
僕は、ぜんぶぜんぶ矛盾しているのだ。


――――――――

限りなく虎←←←←←兎だけど虎兎
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